無尽蔵ブログ

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答えは、ひとつじゃない。

生活。-長崎・五島ライド振り返りブログ③-

本当に盛り沢山の旅だった。
最後に佐世保の話です。

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予定より1日早く訪れた佐世保の町。
到着したのが既に20時前だったので、宿をとってご飯食べるだけでした。
しかも、中通島でめちゃ空腹の中チャリをこいで日射と薄着ということもあり
船の中ではほとんどグッタリとしていていきなり体調不良に陥った。

米軍基地があるので兵士もよく行く外国人バーに行ってみたりしたかったが
それは翌日のお楽しみとなるように、思いっきり寝た。
たぶん12時間くらい寝ました。カプセルホテルの話だけど。


10時過ぎにようやく活動開始。
とりあえず駅で周辺マップを入手。
ついでに佐世保バーガーを食す。
美味いけど、でかかったなぁ!
夜、飲み屋に行きたいとゆう予定は立てていたけど、昼間は特に目的がなく
とりあえず風光明媚な九十九島を目指した。

九十九島は、佐世保の町から一山越えたところにある。
自転車でも30分少々で到着することができた。
九十九島へ抜ける道は『SSKバイパス』とも呼ばれている。
このSSKとは佐世保重工の略称で、佐世保の湾岸は
米軍基地と自衛隊基地と佐世保重工が並んでいました。
佐世保重工の造船所は、見るからに無骨で古い、が一つ一つがでかい!
とりあえず造船所に沿った道でバス停が幾つかあって3つか4つのバス停があった。
(バス停4つ分くらいの距離がある大きな造船所でした)

長崎市にあった三菱造船もそうなんだけど、そこそこしっかりとした
セキュリティ体制をとっていて、ノーチェックで中に入ることは難しそうだった。
以前、四国を旅したときには今治造船やしまなみ造船の造船所に
ノーチェックで入ってしまったことを思うと、厳重でした。
てゆーかあっちの場合、敷地の境界線がよく分からなかった。

九十九島は、西海国立公園という国立公園の中にあります。
ほとんどが無人島ですが、大小様々な島が何百も佇む静かな湾です。
観光遊覧船に乗り、今回の旅で訪れることができなかった宇久平島の特産品を
扱ったレストランがあったので、そんな場所で食事をとったりした。

九十九島もまた夕陽が綺麗で有名な場所です。
チャリでも行けそうな船越展望所と石岳展望所に行ってみた。
これまた厳しい坂道で泣きそうでしたが、昼間でも圧巻の綺麗な風景でした。
石岳展望所にて、互いの写真を撮っている老夫婦を発見。
そんなんじゃ可哀想だから、写真撮ってあげますよ、と撮影してあげた。
話を聞くと、なんと岩手から日本海側を転々としながら20日くらいかけて
旅をしている途中で、長崎から先は鹿児島や高知の方を回ろうとしているらしい。
すっごくすっごく幸せそうで、生まれてからずっと岩手で育ったと思われる
奥さんのほうなんて、まるで海外旅行に来ているかのようなウキウキ感が
十分に伝わってきた。
1500kmを超える道のり、そりゃ海外旅行もんだわな。

その夫婦とバイバイした後、ふ〜っと独りで展望所に佇みながら
iPhoneでtwitterにアクセスした。
平日の昼間とは思えない大量のツイートがタイムラインに出ていた。
なにごと??と思いつつ読んでいってパニックになりそうになった。


東日本大震災


岩手や宮城の方でめちゃくちゃ大きな地震が起きて
物凄い津波が押し寄せていることが分かった。
東京でもかなりの揺れを感じたようで、みんながtwitter上で
たくさんの情報を発信していた。


ん、岩手???って、オィ!!!!!!

さっきまで一緒にいた老夫婦は岩手から来てたんだよな?
しかも、twitterなんてやってるとは到底思えない。
だからそんな大きな地震が起きたことなんて全く知らないはず。
急いで山道を下り、駐車場へ行ったのだけど、既に出発していた。

このブログを書いている今でもまだ消化しきれない。
オイラがあと15分早くtwitterを見ていたら、老夫婦に地震のことを伝えられた。
でも一方で、知らぬが仏ってな感じでそのニュースを知らないからこそ
二人で楽しい旅行が出来ているわけだし、そもそも岩手県外にいるから
無事でいられるわけだ。
どちらが良かったのか本当に分からない。


とにかくヤバいと思ったので、佐世保の町に戻った。
佐世保の町では、地震のことを知ってる人が半分くらいだった。
オイラは地元のテレビ局に入って『東京から来たんです』と事情を話してNHKに釘付け。
惨劇以外の何ものでもない映像を、1500km離れた佐世保の町から見ていた。

あっとゆう間に1時間くらいたった。
東京でも大混乱が起きていることが見受けられたが
佐世保の町にいて何が出来るわけでもないので
夕日を撮るためにもう一度石岳に行った。

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綺麗なもんは、やっぱ綺麗だった。
これが長崎・五島ライド最後の夕陽。
遙か東北地方で大災害が起きていることを思うと、あまり堪能できなかったな。


それでも、夜は飲み屋へ。
米兵が集まる外国人バーに2軒行った。
どちらも雰囲気は若干異なるけど、基本的にはアメリカンロックが流れるバーでした。
適当に英語も話せるお姉さんが接客してくれるカウンターバーでしたね。
さすがフランクな人種で、一人で入ったオイラを快く迎えてくれて
「イタダキマス」みたいな簡単な日本語を交えて会話することができた。

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外国人バーは、その雰囲気を味わうことが出来れば良いと思っていた。
やはり現地の人ばかりが集まるような飲み屋で、話を聞きたかった。
で、Non's Bar とゆう商店街の横道に佇む小さなバーに入った。
大きな地震のあった日に、まさかそっち方面からのお客さんがくるとは
思っていなかっただろうし、いろいろな話をして盛り上がることができた。
しかも、その店を切り盛りしているオーナーはアメリカ軍佐世保基地の
職員として働いていて『明日休みだけど、行ってみたい?」と誘ってくれて
オイラも即断即決でOKしました。

今は少しセキュリティが緩くなっていて、基地に入るパスを持っている人と同行していて
自分自身の身分証を持っていれば基地の中に入れるらしい。
基地の中でカメラを構えて撮影することは怪しまれると思ったので写真ゼロです。
でも、独特の雰囲気(ピーンと張り詰めた少し重たい空気感)が漂っていた。
外部の人間も行っていい食堂に行き、ファットな食事もした。
あんなファットなもんいつも食べてたら、みんな肥満だよ!
軍隊の訓練ほどの体力使ってるから、あれを食べてもなんとかなるんだよ。


そんな訳で、夜にバーで会話したこととか基地の中で立ち話している中で
知ったことをいくつか書いておきたい。


まず、なんといっても米軍と佐世保の町の関係。
佐世保の町には外国人バーが立ち並ぶエリアもあり、長崎市とは違った雰囲気がある。
どちらも1日か2日しかいなかったオイラからしてみると
佐世保のほうが特徴があり活気づいているように思えた。
その活気づいた雰囲気と、米軍の関係はとても深いように思えた。

米軍がいることによって受ける佐世保経済の恩恵は大きい。
まず飲食店は活気づいてる。
佐世保の中心街と米軍基地も近いし、基地関連でアメリカ本土から
VIPが来たり自衛隊関連の来訪者も多いようだ。
ただし、その弊害としてむやみに土地が高いらしい。
米軍も自衛隊も、いわば国家機関。
赴任者の住宅は現地で調整するにしても、お金を払うのは国だ。
なので、ある意味では取りっぱぐれのないビジネスとして
不動産屋がゴロゴロとしているらしい。
一方で、長崎県民の平均所得が高いわけではない。
ということは、一般の長崎県民にとってみれば
佐世保の住宅事情は決して良いとは言えないみたいだ。


また、佐世保の町では『U.S.NAVY xxxx』というナンバープレートの
車が何台か見られたのだが、これはアメリカ軍用の認定車両で
昔はこのナンバープレートの車は飲酒、路駐、スピード違反といった
犯罪のほとんどが無罪放免とされていたらしい。
主な理由は言語が通じないためみたいだけど、最近は警察の中にも
英語を扱える人材が増えてきたようで、これは減少傾向らしい。
とはいえアメリカ軍関係の人が"幅きかせてる"のは確かだ。

佐世保基地を見渡す高台に、軍幹部が住む専用住宅がある。
これがまたすんげーでかいらしく、土地の造成費用も合算すると
1件あたり1億5千万以上の金がかかってるらしい。
で、その金がどこから出てきたのかといえば、アメリカではなく日本。
いわゆる「思いやり予算」の中から捻出されているらしい。
これには佐世保の住民もひどく反発しているみたいだけど
アメリカ軍の幹部から見たらどこ吹く風なんだろな。

案内してくれたバーのオーナーも、思いやり予算の中から給料もらってるらしい。
"公務員規定に準じる"ことにはなっているんだけど、国家公務員でもなく地方公務員でもないらしい。
だから社会的身分が本当にはっきりしないのだけど、面倒くさいから職業欄には公務員と書くらしい。
思いやり予算って、オイラの中では単なるニュース用語だったのだけど
その予算によって生計を成り立たせている人を始めた間近にし、急にリアリティが湧いてきた。

思いやり予算による給与体系は、もちろん全国均一。
いくつかの統計データがあるけど、長崎県の平均年収は
300万円前半のデータが多いように思う。
そんな中、思いやり予算によって生計を成り立たせている人は
概ね300万円半ばから400万円半ばくらいの給料だそうだ。
つまり、米軍基地で働くことは、とても安定的で
平均よりもちょっといい生活をすることができることを意味する。
一方でそれは全国共通なので、横須賀基地の人でも同じ。
横須賀地域において400万円前後の収入となると
それは決して余裕のある生活とは言えないと思う。
だから、横須賀基地で働く同じような役割の人たちは
自分が米軍基地で働いていることをあまり公にしないらしい。
(ちょっと語弊のある表現ですが、あくまで聞いた話です)

米軍基地といえば沖縄。
その沖縄は、平均年収にして300万円前後のデータが多い。
ものによっては200万円第半ばだったりもします。
そんななか米軍基地で働いている人は400万円前後の収入。
沖縄においては、米軍基地で働くことは、ちょっと裕福な暮らしに繋がるようです。
これはこれで、またヨロシクないのだ。
米兵の横暴が社会問題化している沖縄においては
米軍基地で働く人に対して「アメリカ軍に仕えやがって」と
否定的な意見を持っている人が少なくないようです。

これは本当に複雑な問題。
別投稿のブログで長崎の病院と原爆の関係についても述べたけど
これとはまた違った角度で、根深い問題だと思いました。

沖縄について言うと、佐世保の町以上にアメリカ軍によって
経済的に潤わせてもらっていると思います。
アメリカ軍が本当に居なくなったら、沖縄まるごと失業してしまうような
こともちょっと大げさだけど有り得なくはないと思います。
それでも、米軍排除に向けてあれだけ大きな声が上がっているわけです。
その民衆の声は、だんだんと大きくなっていって
まるでアフリカで起きている政変のようなものだと思います。
佐世保の町でも、先述の米軍幹部の住宅のように
反対意見が少なからずあるようです。


戦争の話と同じように、アメリカ軍との話というのは自分もあまり知らなかった。
また、東京で暮らしているとあまりそういう機会に触れることもない。
米軍基地と強制する町に行って、その中で働いている人と巡り会えたことは
本当にラッキーで、その結果いろいろなことを知り、考えるきっかけとなった。

まして、その佐世保にいるときに世界が恐れるような大災害が起きた。
旅から帰ってきて1週間、東京での暮らしに戻った。
でも、この1週間の東京ぐらしは今までの東京ぐらしとは全く違う。
いつ襲ってくるか分からない地震や余震への恐怖。
地震以上に大きな問題となりえない原発の問題。
原発問題に端を発した計画停電。
今までの東京暮らしというより、28年間生きてきた中で
一番大きな生活の変化が起きようとしているのかもしれないって思ってる。
だって、この停電は1ヶ月や2ヶ月じゃ終わらないでしょ?
だって、この原発問題も1ヶ月や2ヶ月じゃ終わらないでしょ??
だって、この震災からの復興は1年や2年じゃ終わらないでしょ???

今できること
今したいこと
今いる場所
これから居るべき場所

色んなことを考えざるを得ない1週間でした。
ただでさえ長崎・五島ライドに出かけて沢山の刺激を受けた。
それだけでも本当に色々なことを感じ、考えさせられなのだけど
今この日本で起きていることは、それを凌駕するような出来事。
もしこの事態から目を背けて、今まで通りの暮らしを仕様と
あまり深く考えずに行動しようとしている人がいたら、それは愚か。

いま、考えるべきです。


地震の話はまた別のブログで書きましょう。
とにかく、今回の長崎・五島ライドで感じたことや考えさせられたことは
めっちゃくちゃ盛り沢山でした。大量の収穫でした。
2011年は、出来る限り旅をしようと思っているけど
その一つの旅でこんなにも多くの収穫があること。
旅は、人を大きくするよね。

人生そのものが旅だなんてキザなことはあまり言いたくないが
それも決して間違っちゃいないと思う。
一度きりにして最高の旅が人生だと思うから
これからも大いにこの旅を満喫して充実させていきましょう。


最後に、長崎、福江島、中通島、佐世保。
たくさんの刺激を与えてくれた長崎の街と人に感謝と御礼。
場所は遠く離れているけれど、その土地それぞれに、生活があるのです。


生活、これ無尽蔵。
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by mujinzo | 2011-03-20 18:38